三大夜景のルーツ

 以前、横浜のある中学生から「三大夜景とは誰が決めたのですか?」とメールで質問されました。社会科のグループ研究での函館を調べていたときに疑問に思ったようです。
 私も昔、同じようなことを調べたのですが、文献はおろかインターネットでも決定的な解は見つかりませんでした。そこで「亀の甲より、年の功」私が運営する夜景倶楽部メーリングリストで質問してみたところ、このような意見がありました。

「三大夜景」という言葉は40年以上前からあり、当時、経済の中心は貿易であり日本三大夜景と言われる函館、神戸、長崎は港町で繁栄していたため、明かりが多かったということです。さらに昔に遡ると、現在では学生でも所有しているクルマですが、当時はマイカーを所有している家庭は少なく、気軽に夜景をみる環境でありませんでした。しかし三大夜景にはロープウエイなどで山に登る手段があり、当時夜景を見ることができたのは、実質この3ヶ所しかなかったということです。
 また世界三大夜景とは、函館、香港、ナポリですが、いろいろ諸説がありリオデジャネイロ(ブラジル)やケープタウン(南アフリカ)、サンフランシスコなども世界三大夜景と呼んでいるところもあるようです。これは昔は空路より海路がメインであり、豪華客船が世界を航海し、乗客や船員達が肥えた目で決めたのでは?、という意見もありました。
 どうも「三大夜景」とは、誰彼が決めたというものではなく、経済事情などにより自然とこのように言われるようになっていった感じですよね。少し謎めいているぐらいのほうが、夜景ぽくって私は好きです。

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©夜景倶楽部代表 縄手真人